いばらきの生産者

HOMETOPICSTOPICS01 > 伊藤農園.F

  伊藤農園.Fはトマトのハウス栽培を専門にしています。1990年頃までは超のつく高級品を都内に向けて出荷していました。当時のトマトは味が良いのはもちろんのこと、見た目がきれいで大きさと形の整ったもの。しかし30年前に営業方針を大きく転換。地元での流通を優先に、幅広い購買層に向けて、手頃な価格で求められるトマトを作っています。
  方針転換の際にひとつだけ変えなかったことがあります。というよりも、見た目や形を揃えることに注ぐ労力と無理をやめて、その1点に集中することにしたと言うべきでしょうか。それは食の安全性を最大限に確保しつつ、味の良いトマトを作るということ。味覚は人それぞれに異なりますが、長年トマト一本でやってきた伊藤さんには、トマトらしいトマトの味の良さという基準があります。その基準を満たし、さらに上を目指そうと取り組んできた創意工夫が、独自の栽培法を生み出しました。トマト栽培の匠として尊敬の眼差しを向けられている存在です。

殺虫剤を使わない、伊藤農園独自の栽培法

−伊藤さんの作るトマトがおいしいと評判ですが、何という品種ですか?

伊藤さん:
  種苗メーカー各社からたくさんのトマトの種が出ていますが、うちでは一貫して、タキイ種苗から出ている「桃太郎」のみを栽培しています。長年の研究の成果である「桃太郎」は味が良く、樹上完熟してから出荷しても輸送に耐えられるしっかりとした肉質を持ち、耐病性の強い品種です。「桃太郎」とは今や苗字のようなもので、「桃太郎ピース」とか「桃太郎ハルカ」など系統の種が30種類くらいはあると思います。
  当園ではハウスごとに植え付けの時期を変えて通年出荷していますが、生育期の気象条件に適したもの、例えば真夏に育てる場合は暑さに強いタイプというふうに、数種類の種を使い分けています。

  「桃太郎」を選ぶ一番の理由はなんといってもバランスの良さです。甘味、酸味、コクがあり、しっかりとした果肉、皮の柔らかさなど、自分としてはトマトのなかではこの品種が一番だと思います。栽培しやすいとか病気になりにくいなど、種苗メーカーでは主に農家向けのタネを研究していますが、「桃太郎」は消費者のことを思って長年研究された結果、40年前にできた品種。最近の品種と比べて栽培しにくい点はあるのですが、これを上手に作りこなせることで「伊藤農園のトマトの味」になっているのです。

−栽培方法に関して詳しく教えてください。伊藤さんの編み出した減農薬栽培の技術が全国各地のトマト栽培関係者から注目を浴びているようですが、その技術とはどのようなものでしょうか。

伊藤さん:
  当園はオランダ発祥と言われ、ヨーロッパ各地で広まっているハイワイヤー方式という栽培法を導入しています。3mほどの高い位置からワイヤーでトマトのツルを誘引するもので、ツルが上まで伸びたら下ろすことを繰り返します。軒高の高い施設が必要ですが、少ない面積で効率よく収量を得ることができます。
  なおかつ当園ならではといえる特徴は、収穫期間が非常に長いということです。苗が育って1段目のトマトの実がなる。そこからしばらくツルが伸びて2段目の実をつける。これをワイヤーで誘引しながら30段まで続けます。ツルの長さは通常の約3倍、10mにもなります。人間に例えると、20代の頃は元気にバリバリ働けますが、50を過ぎると体力も衰え病気になったりもする。それと同じで、トマトも同じ苗から育っても、1段目と10段目、20段目では体力が落ちて味が違ってきます。それをうちの場合は30段目の、人間で言えば100歳相当まで、20代に劣らない元気なトマトを成らせようとしている。これがいかに難しいことか。そのために何をしたらいいか、それはもう、常に考えています。
  つまりはトマトの健康を保つということです。病気を予防するには土壌の殺菌と殺虫をしなければなりません。これをできるだけ薬に頼らない方法で行いたい。減農薬を目指してからの40年は、その研究と試行錯誤の日々です。ハウスに一匹も虫を入れないというのは無理な話で、人の出入りや網の目をくぐり抜けて必ず入ります。しかし今現在、代かき還元型による土壌改良と、伊藤農園独自の技術を確立し、病害虫駆除に関してはこの3年間一度も殺虫剤を使っていません。

  殺菌に関してはワラや落ち葉の堆肥を入れて土地の常在菌を活性化。納豆菌、ヨーグルト菌、イースト菌などを培養して用いることで土の衛生状態を良好に保ち、トマトの病気を減らすことにつなげています。病気予防のために年5~6回程度農薬を使いますが、これは100歳まで元気で生きるために、風邪をひきそうなタイミングで市販薬を与えるようなもの。ひどくなってしまってから薬漬けにさせないための必要最低限です。それを今後は年に4回にしていけるかどうか、というところです。

_DSF2943 _rs__DSF2946 _rs__NZ92093

ひとあじ違う、伊藤さんのトマト

−伊藤さんの考えるトマトらしいトマトのおいしさについてお聞きします。味の設計はどのようにお考えですか。

伊藤さん:
  同じ品種でも栽培の仕方によって味は変わります。まず、うちでは甘さだけを追う糖度競争には決して参加しません。それをやるとトマトに大変なことが起きて、出荷できない時期ができたり、木に負担がかかって短命で終わったりしてしまう。また、とにかく収穫量を上げたいという考えもありません。トマトは糖度が上がると収量が下がり、収量を上げようとすると糖度が下がるので、甘みと酸味のバランスの良いところをねらって、どこで折り合いをつけるかがたいせつです。糖度はトマトにストレスをかけない範囲内、6度から7度の間でいこうと決めています。
  うちのトマトを季節に関係なく同じ味だと褒めてくださる方が多くいるのですが、夏は花が咲いてから40日で出荷できますし、冬は90日かかる時もある。本当においしいのはじっくり時間をかけて90日で育ったトマトです。その差を極端に感じさせず、どこを切っても同じ金太郎飴のように、一年を通じて安定した味を目指しています。そのためにやってきたことが結果的にトマトのストレスを減らし、病気になりにくくさせています。
  いつ食べても同じ味と感じてもらうために、実はさまざまな微調整を行なっています。先にお話しした通り、植え付けの時期によって種の種類を変えていますし、夏場のトマトは水分含有量を多めにしています。糖度が多少下がったとしても、暑い時は水分が多めの方がおいしく感じるからです。逆に冬場は少し濃厚な味の方がちょうどよく感じる。実際は夏と冬で糖度は変わるのですが、感覚的には同じ味に感じていただいているのです。

−トマトをいただいてみました。適度な酸味と歯応えがあり爽やかですね。そして旨味がとても濃いと感じました。

伊藤さん:
  「桃太郎」という品種、種の試験段階から作っていますが、いまだにこれを超える味ができていないのではないかと思っています。特に初期の種にこだわる理由はその点で、旨味成分が違うんです。だから作りにくくてもチャレンジし続けているわけで、その旨味をさらに際立たせるために、昆布や牡蠣殻など、海産物由来のものを主成分とした肥料を与えています。こうして手塩にかけて育てた、味で勝負のトマトを、「伊藤さんのトマト」と選んで買ってくださる方に向けて、地元のお店との直取引のみで販売しています。

_DSF2969 _rs__DSF2962_rs__DSF3016_rs_

トマトから始まる人づくり、未来づくり、

−そんな伊藤さんの技術を学ぼうと、全国各地から講演依頼や見学の申し込みがあるそうですね。

伊藤さん:
  以前視察の方が来られた高知県では、私のやっている代かき還元型を伊藤式太陽熱と呼んで普及しているそうです。また、うちで出しているわけではありませんが、土中の虫を退治する方法はDVDになって、欲しい方の間でやりとりされているようです。講演を聴かれた方から、「おかげさまで困っていたうどん粉病が今年はまったく入らなくなりました」という年賀状をいただくこともありました。

  研修を希望する人も多く、本格的に学ぼうとする姿勢のある方には住み込みで働いてもらいながら、2年かけてノウハウを伝授しています。昼の仕事が終わってから毎日1時間の講義。その日の仕事のこと、気づいたこと、トマトの生理のことなどを話し、その後は彼らの質問を受けます。そうやって学んで行った人が今全国各地に10人ほどいます。
  殺虫剤を使わない害虫駆除の方法は、一朝一夕で伝えられるものではありませんが、研修生にはしっかりと伝授しています。そうした農業の知識だけでなく、農業を通じて人として一人前に生きていくことも学んで欲しいと思っているところです。そうした彼らの独立の際に手助けになればと、「伊藤農園.F」といういわばブランド名を作り、彼らの生産物にも使ってもらっています。なんの後ろ盾もない研修生たちのスタートを、少しでも後押しできればという気持ちです。

  独立して何年か経ってやってきた彼らに、よく「伊藤さん、この技術は教わってません」と言われることがあります。それはそうです、自分自身も常に進化していないと、日々進化する彼らに対して教えることはできませんからね。
  40年以上やってきましたが、いまだにこれだと思うトマトは作れたことがありません。こうしたいと思うことはたくさんあるので、これからもずっとトマトに関わり続けたい。死ぬまでやろうと思っています。

_DSF2947 _rs__DSF2983 _rs__DSF2999_rs_

【取材録】

30年前から本格的に取り組み始めた伊藤さんの減農薬栽培。特に殺虫剤を使わない画期的な方法は他の作物にも応用できるとして注目されています。飽くなき探究心を持ち、昨日より今日、今日より明日という気持ちで仕事に臨む姿勢が、こんなにも人をイキイキとさせるのだなと感じさせるお人柄です。
レギュラーサイズのトマトの他、加熱用トマトとミディアムトマトも生産しており、加熱用トマトは種苗会社が生産から撤退する際に伊藤さんがすべて買い取ったもので、今は世界中でここにしか残されていない希少な品種なのだとか。その卓越した旨味をご存知の料理人からは「大量のホールトマトの中に1パック入れるだけで味が変わる」と高く評価されているそうです。取材後の雑談でこのエピソードをお聞きした時に、「我々は誰のためにものを作っているのか」と最初にお聞きした30年前の葛藤が、今日の伊藤農園.Fを作ったのだと思いました。

ページの先頭へ

手軽にプロモーションサイトを作る

いばらきの生産者

鬼澤食菌センター
鬼澤宏さん
DATE 2023.09.25
大場農園
大場克利さん
DATE 2023.06.30
山一ファーム
石田和徳さん
DATE 2023.05.25
箕輪農園
箕輪竜さん
DATE 2023.05.18
> 生産者の地域

> 過去の情報 

特集

未来農業報告書

いばらき野菜地図

食と農のデザイン