いばらきの生産者

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 日本のお米を取り巻く環境は大きく変化しています。米農家の担い手不足は年々深刻化し、作付面積や収穫量も減少しています。2024年は猛暑による不作も重なり、令和の米騒動などと呼ばれる米不足の事態も生じました。一方で、米作りをやめた人たちが放置している耕地を集約し、大規模経営を目指す動きが見られます。従来のように生産物をJAや問屋に卸すだけでなく、流通から販売まで一貫して独自に行う農家も増えてきました。米生産の現場では「守破離」が顕著なようです。

 「守破離」とは武芸や芸術における修行の過程を表す言葉で、師匠からの教えを守り身につけた基本を、徐々に自分なりの工夫をして型を破り、やがては教えや型から離れて独創的な個性を発揮していくことです。

 中島さんは2022年に実家の米作りを引き継ぎ、今年3シーズン目を迎えました。その期間わずか3年間で、積極的に機械を導入して仕事の効率化を図り、作物の安全性を担保し、消費者の目線に立った商品化を進めています。個人経営の農家を会社組織に変えて、栽培から販売に至るまでダイナミックに変革を行っている中島さんの守破離とは。

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第二の人生はとつぜんに 農家への転身

公務員の職を辞してまで農業に取り組む決意を、ある時突然にされたとのこと。その理由とは何だったのでしょうか。

中島さん

 2022年1月に父親が急逝したのですが、とある方が訃報を耳にしてすぐに訪ねていらして、生前父とはいずれうちの土地を任せてもらう約束をしていたという話をされました。家族に相談もなく父がそのような約束をするとは考えられませんでしたし、なによりも、まだ葬儀も行われていない父の枕元でそういう話題が出てきたことに困惑しました。

 私は高校卒業後は都内のゼネコンに就職。31歳で筑西市役所の職員になりました。家を出るまでの子供時代と市役所勤務になってからは農作業の手伝いをしてきましたが、次男ということもあり、農家の跡を継ぐことになろうとは自分自身含め、家族の誰も考えていなかったことでした。

 しかしこれから先、誰がこの土地を引き継いでいくのが良いのか。戸惑うなかで頭に浮かんできたのは、父のていねいな仕事ぶりや、地域全体の農業の振興のために力を尽くしてきた姿です。父が精魂をかたむけて守ってきた農業を、簡単に手放してはいけない。これからは自分がやるしかないと、その日のうちに心を決めました。

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米作りについて、生前お父様からはどのようなことを伝授されましたか。

中島さん

 田んぼは祖父の代に始めたものです。父は他に本職があり60才までは兼業農家で、定年してから専業農家になりました。

昔は今のように機械化されておらず、唐箕(風力を起こしてもみ殻・玄米・塵などに選別するための道具)を手で回したり、田んぼから運んできた土を手で振るって苗床にしたり、ほとんどの仕事が手作業でした。幼い頃からそういう工程を見ているので、米作りの基本的な流れはなんとなく分かっているつもりでいましたが、言葉にして教えてもらったことはないと思います。

 役所勤めになってから平日は公務員、週末は農業という感じで、年間通じて父と一緒になって仕事をするようになりましたが、その時もなぜこの時期にこういう作業が必要かなど、米作りについて教えてもらったという記憶はありません。

 昔の人ですから、仕事は見て覚えるものという感覚だったと思いますし、そもそも跡を継ぐわけでもない私に、仕事を一から教えようという考えもなかったのだと思います。

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お父様が地域の農業振興に尽力したとは、具体的にどのようなことでしょう。

中島さん

 父は県が主導する耕地整理という事業に携わっていました。分散している耕地を交換し合ったりして区画整理をしたり、道路や用・排水の整備を行う事業です。昔は田んぼ1枚の面積が1,000㎡未満と小さく、形もまちまちでした。

 耕地整理はたった1人でも反対する方がいたら話がまとまりませんが、父は地域の方々から慕われ頼りにされていた存在でした。兼業農家の頃はぼちぼちとした進み具合でしたが、退職してまとめ役として本格的に取り組むようになってから整理が進み、町全体の区画を変えていきました。田んぼが広くなり形も整えられたおかげで、今はどこでも機械が入りやすくなって作業がしやすくなりました。

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 農家の未来のために今この事業を進める必要があるのだと、一人ひとり説得していった父ですが、今にして思えば人望がなければできない事業だったと思います。当時のことを知る方から、「俺たち今ここで変えなきゃだめなんだよ」という話しをする時によく「やる氣、元氣、本氣、根氣、勇氣」という言葉を口にしていたと聞きました。自分でもその言葉に力を借りて、いろいろ乗り越えてきたのだろうと思います。

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学び、模索、そしてチャレンジ

中島さんが市役所を辞めて本格的に農業を始めたのが2022年の4月。いきなりたったお一人ですべてを担うのはたいへんだったと思います。その時のことを教えてください。

中島さん

 1月に父がなくなり、市役所にはすぐに退職の意志を伝えましたが、年度末ということもあって3月中旬を過ぎる頃までは多忙で、農作業のための時間はあまり作れませんでした。周囲で他の人がやっていることを見ては無我夢中で追いかけるという、後手後手の状況でした。本当は1月2月から準備しておくべきことがたくさんあるのですが、とても1人では手が回りませんでした。

 子どもの学校ではPTA会長を務めていましたし、要介護の母の面倒も見なくてはならず、退職しても農作業に専念できる状況ではなく。その年はいろいろなことがすべて重なり、怒涛の1年という感じで過ぎていきました。当然ですが初年度の出来は良いものではありませんでした。

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想定外のアクシデントなどはありましたか。どのように乗り切ってこられましたか。

中島さん

 田んぼに水を入れた時に水が漏れないよう、田植えの前に周囲の土手を固める畦塗りという作業があるのですが、最初の年はそれがうまくできていなかったせいで、水があまり溜まりませんでした。

 またうちでは除草剤を使っていないので、夏は草との戦いです。長年農業をやられている方にとってもここ数年の暑さは試練だったと思いますが、あっという間に伸びる草を刈るだけで体力をうばわれて、以来草刈りは未明から始めて9時には終わるようにしています。

 畑の方は最初の年は父がまいた小麦を収穫し、翌年はそこへ大豆をまいたのですがうまくできず。去年は蕎麦を作ることにしました。土作りが肝心とよく聞きますが、やはりそこをちゃんとやっておかないと良いものはできないんだということを実感しました。作物によって必要な栄養素が違うことなど、論理的な勉強の必要性を感じました。

 休日もなく朝から晩まで1人で田畑をやっていましたが、なんとか時間を捻出して「茨城農業アカデミー」という県の機関を活用し、栽培から経営に至るまで多岐にわたる講座を受講しました。なにか疑問に思ったときはYouTubeを参考にすることもよくあります。

 この3年で経験してきたさまざまなトライ&エラーは、いかに仕事を省力化して少ない人数で最大の成果を出すか、私がそういう農業を目指す原点になっていると思います。 

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慣習にとらわれない これからの米作りへ

作業の効率化をめざし、「アグリカルチャー中島」ならではの取り組みをされているとのこと。具体的にどういう点を変えていきましたか

中島さん

 栽培に関しては大きく5つの取り組みをしています。

 1つ目は、「湛水直播」といって、水を入れて代かきした田んぼに苗を植えるのではなく、生モミを直接撒くという栽培法です。水稲栽培の中でも特に労働時間のかかる春作業が大幅に削減されます。この地域では誰もやっていないことですので、周囲からは心配する声も聞こえてきましたが、多少課題は残るものの昨年はきちんと収穫を得ることができました。

 2つ目は、「再生二期作」です。お盆前後に1回目の収穫をしたら、水と肥料を入れて10月に2回目の収穫をします。収量は1回目と2回目を合わせて、標準の約1.5倍になる見込みです。

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 3つ目は、「作業の効率化」です。いかに仕事の能率を上げるかを追求し、新しい機械やドローンなどを積極的に取り入れて、できるだけ人の労力を軽減するようにしています。

 4つ目は、「特別栽培米仕様の米づくり」をしていることです。除草剤や化学肥料などは使用せず、鶏糞や豚糞などの有機資材により微生物を活性化することで、肥沃な土壌にすることを目指しています。

 5つ目は、「生産から販売まで自社一貫」。丹精込めて栽培したおいしいお米も、収穫後の管理が悪くては品質に影響を与えます。弊社では低温保存で劣化を防ぎ、出荷が決まってから精米。真空パックでみずみずしさをキープしたままお客様の元へと発送しています。

 

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収穫後のお米に関しても、差別化や品質保持のために手厚い管理をされているとのこと。詳しく教えてください。

中島さん

 収穫後もすべての工程において、できるだけの努力をしています。

うちでは5種類の米(コシヒカリ、ミルキークイーン、にじのきらめき、つきあかり、まんげつもち)を作っていますが、それぞれの味わいや食感に違いがあり、お客様が自分の好きな米を選んで買えるようにしたいと考えています。そのためには品種ごと個別にパッケージしますので、コンバインと乾燥機の清掃を徹底し、刈取りと乾燥の行程で他品種が混じることを防いでいます。

 乾燥は一気に行わず、通常の倍の時間をかけて低温でじっくりと。最終的には米の水分量を15%まで落とすのですが、急速に水分を落とそうとすると割れが生じたり、風味も落ちると言われていますので、18%位になったら一度機械を止めます。そのまま一晩落ち着かせ、翌日に再度乾燥機にかけるという二段階乾燥を行っています。

 稲穂をおだ掛けして天日に干した昔の米のように、穏やかにおいしい米になることを期待してそのようにしています。

 

 調整工程では選別網を標準より広くしていますので、一粒の大きさは標準以上の大粒であることが特徴的です。その後に色彩選別機を通し、異物を除去してから袋詰めをします。

 袋詰めされた米は保冷庫で保管。常時13度以下で管理して、酸化防止および色や風味の変化などの品質の劣化を抑制しています。

 精米工程は、石抜精米機、無洗米処理機、小米除去機、金属除去機、色彩選別機、計量機、真空加工でパッキング、低温保管の順で行い、注文に応じた精米と出荷を可能としています。米農家で金属除去機や色彩選別機を導入しているところは、他にはあまりないのではないかと思います。

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今後は主に直接販売を考えているとのこと。どのような方法をお考えですか。

中島さん

 規模的には小さいですが米問屋にも引けを取らない設備を備えましたので、品質は信頼していただけると思います。安全性が求められる病院や施設でのご利用、付加価値の求められる贈答品需要でも十分勝負できると思います。

 選別機でふるいにかけられた小米はくず米と呼ばれ、今までは米屋さんに渡していました。しかし販売用に大粒の米のみを選別しているので、残された小米には標準的な大きさの米が含まれているわけです。こちらは今後米粉にして活用していく予定です。

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 もっちりと甘い米が良いのか、一粒一粒がしっかりとした歯ごたえが良いのか。炊きたてで食べることを想定しているのか、お弁当にして冷めてから食べるのか。4種類の米のなかから用途によって使わけができるように、コーヒーで言うところのシングルオリジンとして販売していきますので、どこでどのような米が求められているかをリサーチして、飲食店への直接取引を増やしていきたいと思っています。

 また一般の消費者の皆さんへはお好みのタイプの米を少量パックで、サブスクでお届けすることなども考えています。

 良質で鮮度のよい米が、頼めばすぐに届くシステム。それを軌道に乗せるには、まずは「アグリカルチャー中島」がどういう会社で、どのような商品を販売しているのかを、広くお伝えしなくてはなりません。そのためにホームページやさまざまなツールの制作を進めているところですが、会社の信条をあらわすモチーフとして「氣」の文字をデザイン化して採用しました。父を支えた「やる氣、元氣、本氣、根氣、勇氣」の精神で、自由な発想で、自分たちらしい米作りをしていきたいと考えています。

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【取材録】

3年という短いスパンのなかで栽培方法を転換し、作業の効率化を図ってきた中島さん。これほどスピーディに業態を変えた例はあまり知りません。しかも農家としてゼロからのスタートです。もしかしたら営農の経験がないまっさらな状態だったからこそ、これほど大きく舵をきれたのでしょうか。生産コストを下げて利益率を高め、長く生き残る米作りを目指しながら、3年目となる今シーズンもチャレンジに満ちています。
中島さんは新たなマーケットに向けて情報発信するため、ご自身の考えを言語化してブランディングを推し進めている最中です。お米は日本の元気の源。他にもいくつかの意味を込めて、「气」の中が「メ」ではなく「米」の、「氣」の一文字をデザインしてロゴマークにされました。この字のなりたちを調べてみると「气」は湧き上がる雲の象徴で、「米」は穀物の穂の枝と実を象徴しているそうです。お父様譲りの「やる氣、元氣、本氣、根氣、勇氣」をもって、新たな活路を拓こうとしています。

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