ついつい、覗いてみたくなる穴がある。
れんこんには中心に1個、その周囲に平均して9個の穴があります。その姿から「先が見通せる」として、お節料理をはじめとした縁起食にも使われています。茨城県での栽培量は全国1位で、全体の約4割を占めます。東京都の市場においては9割が茨城県産というから驚きです。常陸風土記(713年)にも鹿島地方での栽培の記録があり、その歴史の長さは言わずもがな。室町時代までは霞ケ浦は内海(うちうみ)と呼ばれ、船で周辺の作物などを輸送するには欠かせないものでした。現在、県内での一大産地は土浦市。霞ケ浦を渡って、鹿島地方から土浦へと広がったようです。土浦市を筆頭に、霞ヶ浦市、稲敷市など、霞ヶ浦をぐるりと一周する形で、はす田が広がっています。
茨城県で古くから栽培は行われていましたが、販売目的では昭和20年から。さらに飛躍的に栽培量が伸びたのは、昭和45年から始まった米の転作事業で、れんこんの栽培に切り替わったことによります。れんこんは、ほかの作物と違って場所を選びます。元が田んぼだからといって栽培が可能なわけではなく、全国でも産地は少ない。ですが、れんこんの産地と問われて、茨城県と答えられる人が少ないのも事実です。とはいえ、茨城県のれんこんは、ほかの県産のものと、特徴も異なります。金澄や福ダルマといった品種が主で、節と節の間が短く、ぷっくりと丸みがあり、サクサクとした食感が持ち味です。れんこんが好きという人に理由を問うと、その多くが「食感」です。歯ごたえのよさこそ、茨城育ちのれんこんなのです。
れんこんの面白いところは、9月頃~葉や葉茎が枯れると、酸素供給がストップすることで、それ以上生長しないということ。いわゆる休眠期に入るため、9月~収穫が終わる翌年3月頃まで同じサイズで土の中にあるのです。劣化もせず、生長もせず同じ状態で。たとえばトマトは、赤く色づいたら収穫しなければなりませんが、れんこんは収穫したいときに、したい分だけ収穫できるというわけです。とある農家さんがぼそりと言った「れんこんは、人間に合わせてくれる作物なんです」という言葉が今も脳裏に強烈に残っています。ただひっそりと、寡黙に地味に、土の中で今もたたずんでいるかと思うと、思わずにやりとほくそ笑んでしまうのです。
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